『功名が辻』第47回
2006.11.26 Sunday | category:NHK大河
『功名が辻』第46回
2006.11.25 Saturday | category:NHK大河
『功名が辻』第45回
2006.11.12 Sunday | category:NHK大河
今年最後の散髪
2006.11.12 Sunday | category:雑記
『ヒトラー 〜最期の12日間〜』
2006.11.12 Sunday | category:映画
ひさしぶりにDVDを借りて観る。字幕と吹き替えで2度も観てしまった。
原題が没落とか破滅を意味する"Untergang"なのに比べて、邦題はちょっとくどい感じかな。ヒトラー周辺の人々から見た総統地下壕の終焉といった内容なので、ヒトラー個人がどうこうといった印象ではないし。
誤訳でとくに気になったのは、やたらと「シュタイナー師団」を連呼していたこと。正しくは「シュタイナー軍支隊」で、名目上は軍団と軍の中間くらいのサイズである。実態は2個大隊しか指揮下にないんだけどね。
そんなわけで、これを誤訳してしまうと、ヒトラーや周辺の人々がなんで「シュタイナー」に期待を寄せていたのかわからなくなってしまうのである。ま、国防軍総司令部も陸軍総司令部も「シュタイナー軍支隊」の実態は承知しているわけで、知らないのはヒトラー(怒鳴られるのが嫌で誰も報告しないから)や民間人の側近だけなんだが。
ともあれ、現存する当時の記録写真を忠実に再現したシーンが多く、雰囲気だけは非常によい感じである。実際にどうであったかは証言の食い違いも多々あるので、最大公約数的であるとともに、エピソードの取捨選択や解釈には若干の偏向が見られるように思ったが、概してNHK的というかBBC的というか、過剰な演出は控えめな作りなので、観て損はない一作といえる。
ドイツ人が作った第二次大戦歴史物映画としては、『スターリングラード』(ジュード・ロウ主演のとは別作品)がへなちょこだっただけに、トップクラスの完成度といってよいかもしれない。
原題が没落とか破滅を意味する"Untergang"なのに比べて、邦題はちょっとくどい感じかな。ヒトラー周辺の人々から見た総統地下壕の終焉といった内容なので、ヒトラー個人がどうこうといった印象ではないし。
誤訳でとくに気になったのは、やたらと「シュタイナー師団」を連呼していたこと。正しくは「シュタイナー軍支隊」で、名目上は軍団と軍の中間くらいのサイズである。実態は2個大隊しか指揮下にないんだけどね。
そんなわけで、これを誤訳してしまうと、ヒトラーや周辺の人々がなんで「シュタイナー」に期待を寄せていたのかわからなくなってしまうのである。ま、国防軍総司令部も陸軍総司令部も「シュタイナー軍支隊」の実態は承知しているわけで、知らないのはヒトラー(怒鳴られるのが嫌で誰も報告しないから)や民間人の側近だけなんだが。
ともあれ、現存する当時の記録写真を忠実に再現したシーンが多く、雰囲気だけは非常によい感じである。実際にどうであったかは証言の食い違いも多々あるので、最大公約数的であるとともに、エピソードの取捨選択や解釈には若干の偏向が見られるように思ったが、概してNHK的というかBBC的というか、過剰な演出は控えめな作りなので、観て損はない一作といえる。
ドイツ人が作った第二次大戦歴史物映画としては、『スターリングラード』(ジュード・ロウ主演のとは別作品)がへなちょこだっただけに、トップクラスの完成度といってよいかもしれない。
原稿再送
2006.11.10 Friday | category:お仕事
『別冊歴読』の原稿発送
2006.11.10 Friday | category:お仕事
核武装論争
2006.11.07 Tuesday | category:雑記
もってのほか、とかいっている段階ですでに論争化してるという見方もあるのだが、まあそれはそれとして……。
本来なら私も、議論するくらい自由だろ、な人なのだが、核武装って議論しなきゃならないほどデメリットが見えにくいものなのか疑問。
たとえば運搬手段。仮に日本が核武装したとして、今の日本には運搬手段がない。すると、領土・領海に置いて、敵が来たら爆発させちゃうぞ、ということになる。領土・領海を汚染してしか使えないわけで、要するに国家規模の自爆テロである。だったら、今ある原発をメルトダウンさせても同じとちゃうん?
爆撃機か中・長距離弾道弾をこれから開発するなんてのは、九〇式戦車以上の無駄な投資(戦車が使える場所で戦車を使う状況になる前に、海空自衛隊で阻止するほうが被害が少ない、つまりそちらに金を使うのが正しい)になるわけだし、衛星の打ち上げに失敗しているようではえらく時間がかかるに違いない。かといって、買ってこようにもアメリカは売ってくれんだろうし、それ以外の国から買っても目の敵にされるのは必至。
さらにいえば、核武装による抑止効果の論理は、全米ライフル協会の論理の延長線上にある。銃刀規制下の日本がアメリカより安全だと思うなら、核武装もしないほうが安全だと思うのが筋だろう。持っていなければ事故の起きようがないのだから。
ま、議論しないとデメリットが理解できない人たちにはよい機会なのかもしれないが、実際に議論する国政を委ねられた人たちや有識者がそれを理解していないとは考え難い。無知蒙昧な一般人民とは違うんでしょうからねえ。
だったら、議論なんてしないで結論だけきっちりいってくれればそれでいいわけ。国内の心情的な問題や人道上の矛盾(持った段階で持っている国や使った国を批判できなくなる)も当然ご承知のはずだし、いまさら議論だなんて頭悪そうなことをして見せてくれなくて十分なのである。
本来なら私も、議論するくらい自由だろ、な人なのだが、核武装って議論しなきゃならないほどデメリットが見えにくいものなのか疑問。
たとえば運搬手段。仮に日本が核武装したとして、今の日本には運搬手段がない。すると、領土・領海に置いて、敵が来たら爆発させちゃうぞ、ということになる。領土・領海を汚染してしか使えないわけで、要するに国家規模の自爆テロである。だったら、今ある原発をメルトダウンさせても同じとちゃうん?
爆撃機か中・長距離弾道弾をこれから開発するなんてのは、九〇式戦車以上の無駄な投資(戦車が使える場所で戦車を使う状況になる前に、海空自衛隊で阻止するほうが被害が少ない、つまりそちらに金を使うのが正しい)になるわけだし、衛星の打ち上げに失敗しているようではえらく時間がかかるに違いない。かといって、買ってこようにもアメリカは売ってくれんだろうし、それ以外の国から買っても目の敵にされるのは必至。
さらにいえば、核武装による抑止効果の論理は、全米ライフル協会の論理の延長線上にある。銃刀規制下の日本がアメリカより安全だと思うなら、核武装もしないほうが安全だと思うのが筋だろう。持っていなければ事故の起きようがないのだから。
ま、議論しないとデメリットが理解できない人たちにはよい機会なのかもしれないが、実際に議論する国政を委ねられた人たちや有識者がそれを理解していないとは考え難い。無知蒙昧な一般人民とは違うんでしょうからねえ。
だったら、議論なんてしないで結論だけきっちりいってくれればそれでいいわけ。国内の心情的な問題や人道上の矛盾(持った段階で持っている国や使った国を批判できなくなる)も当然ご承知のはずだし、いまさら議論だなんて頭悪そうなことをして見せてくれなくて十分なのである。
『信長の棺』
2006.11.06 Monday | category:テレビ
大河から続けて視聴するには手強い(手酷い)代物であったかも。かなりの大打撃を被った気がする。しかもJUGEMの管理画面へのアクセス障害で、こんな時間になってしまったし。呪われとるんじゃないかい?
さて、日本の映像クリエイター(つーかプロデューサー)ってのは、基本的に役の実年齢に近い役者を充てるという発想がないようで、それは観る側にとってはかなり痛いことなのだが、本作もその例外ではない。松岡信長は単体では中々の好演だったと思うが、梅雀秀吉や小日向光秀に囲まれているせいで、作品全体としては間違いなく浮いていた。せめて四十代の役者を使ってくれよ(T_T)。あと、前田利家もね。
逆に、石田三成は大河の井伊直政と同じ篠井英介氏で、二十代から三十代の三成を演じるにはちと苦しいでござろうよ。あ、松岡昌宏か前田利家と逆だったらよかったのにね。松岡三成はけっこういい感じだと思うし。
そして肝心のストーリーのほうはというと、これがもう大河も顔色なしってくらいむちゃらくちゃらでござりまするがな(-_-;。原作がミステリーとしての完成度を酷評されていただけに、展開は粗悪な和製ハードボイルド小説に近い感じ。つーか、牛一とっつぁんのただの妄想じゃん、みたいな展開で、エフェクトやらの関係でますます幻覚風。脚本段階で圧縮したことは間違いないが、元々論理の飛躍が甚だしかったであろうことも想像に難くない。
ちなみに、やたらと『信長公記』を連呼していたが、現存する写本はすべて『信長記』か無題だったはず。『信長公記』ってのは、明治になって刊本につけられたもの。それ以前は『信長記』とするのが正しいと思う。
ついでにえば、上洛以前の信長をその頃護衛のひとりだった牛一が知らないはずはなく、手控えがないとか、古老から情報を集めないと首巻が書けないなどということはありえない。たしかに首巻は時系列の混乱が甚だしいが、それは執筆当時すでに牛一の記憶に混乱があったと考えるのが自然。変に牛一の立場を正当化しようという作為まで感じられて、気持ちが悪い作品であった。
さて、日本の映像クリエイター(つーかプロデューサー)ってのは、基本的に役の実年齢に近い役者を充てるという発想がないようで、それは観る側にとってはかなり痛いことなのだが、本作もその例外ではない。松岡信長は単体では中々の好演だったと思うが、梅雀秀吉や小日向光秀に囲まれているせいで、作品全体としては間違いなく浮いていた。せめて四十代の役者を使ってくれよ(T_T)。あと、前田利家もね。
逆に、石田三成は大河の井伊直政と同じ篠井英介氏で、二十代から三十代の三成を演じるにはちと苦しいでござろうよ。あ、松岡昌宏か前田利家と逆だったらよかったのにね。松岡三成はけっこういい感じだと思うし。
そして肝心のストーリーのほうはというと、これがもう大河も顔色なしってくらいむちゃらくちゃらでござりまするがな(-_-;。原作がミステリーとしての完成度を酷評されていただけに、展開は粗悪な和製ハードボイルド小説に近い感じ。つーか、牛一とっつぁんのただの妄想じゃん、みたいな展開で、エフェクトやらの関係でますます幻覚風。脚本段階で圧縮したことは間違いないが、元々論理の飛躍が甚だしかったであろうことも想像に難くない。
ちなみに、やたらと『信長公記』を連呼していたが、現存する写本はすべて『信長記』か無題だったはず。『信長公記』ってのは、明治になって刊本につけられたもの。それ以前は『信長記』とするのが正しいと思う。
ついでにえば、上洛以前の信長をその頃護衛のひとりだった牛一が知らないはずはなく、手控えがないとか、古老から情報を集めないと首巻が書けないなどということはありえない。たしかに首巻は時系列の混乱が甚だしいが、それは執筆当時すでに牛一の記憶に混乱があったと考えるのが自然。変に牛一の立場を正当化しようという作為まで感じられて、気持ちが悪い作品であった。
『功名が辻』第44回
2006.11.05 Sunday | category:NHK大河
もう驚かないぞ、と思っていたのだが、のっけからびっくりした。語りが顔出しで登場するってのは、今回のスタイルとは違うはずなんだが、2度も出てきちゃって江守徹かよ。
さて、最初から最後までデタラメの大盤振る舞いだった今回だが、井伊直政が合戦後もピンピンしていて笑ってしまった。直政はこのときの負傷が癒えないまま死んでいるわけで、前厄の負傷で死んだことになるわけだが、それにしちゃあ元気すぎるだろ。
もちろん、その前の山内勢の主戦場投入などは100%混ぜ物なしの大嘘。戦闘参加自体は可能性がないわけではないものの、それは南宮山麓での話で、関ヶ原方面でないことだけは確実なんだが、なんでそゆことしますかね。
とにかく全編にわたってすさまじいでっち上げっぷりで、秀頼役の広田亮平の好演が実にもったいない。
さて、最初から最後までデタラメの大盤振る舞いだった今回だが、井伊直政が合戦後もピンピンしていて笑ってしまった。直政はこのときの負傷が癒えないまま死んでいるわけで、前厄の負傷で死んだことになるわけだが、それにしちゃあ元気すぎるだろ。
もちろん、その前の山内勢の主戦場投入などは100%混ぜ物なしの大嘘。戦闘参加自体は可能性がないわけではないものの、それは南宮山麓での話で、関ヶ原方面でないことだけは確実なんだが、なんでそゆことしますかね。
とにかく全編にわたってすさまじいでっち上げっぷりで、秀頼役の広田亮平の好演が実にもったいない。
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